Game Design Current @ ジェリアスカ.com

EXTRA Hyper Game Music Event 2008: 光吉 猛修

December 24th, 2008 Posted in ゲーム

mitsuyoshi_banner.jpg

GameSetWatch  インタビュー

光吉猛修氏は過去に株式会社セガのアーケードシリーズに代表される「Daytona USA」「Sega Rally」「Virtua Fighter」、さらにコンシューマー機ではドリームキャストの人気タイトル「シェンムー」の音楽を担当した作曲家その人である。2003年にはアルバ ム「From Loud 2 Low ~Takenobu Mitsuyoshi Works~」を発表。ヒットメーカー株式会社から発売の このアルバムには多くの株式会社セガのゲームタイトルからの曲のアレンジを数々の音楽家がアレンジャーや演奏家として参加している。

さらに光吉氏は今年ドイツのライプツィヒで行われたGames Conventionで自身の音楽の演奏のために参加するなど積極的なライブ活動を数々行っている。日本では昨年より東京で行われている株式会社5pb主催の 「EXTRA Hyper Game Music Event」にも2年連続で参加。セガのサウンドチームを代表しグループ「H.」としてゲーム「ファンタジーゾーン」や「スペースハリアー」に代表される クラシックタイトルをエネルギー溢れるロックアレンジでファンを惹き付けた。

今回はコンサートの演奏後にご本人に直 接お会いし、セガのアーケードゲームシリーズのロックアレンジについてお話を伺った。光吉氏のゲーム業界参入への歩み、さらにセガサウンドチームのロック への情熱との出会いのお話など貴重な体験記、そして彼の音楽観をお話していただいた。

取材:ジェリアスカ

翻訳:佐藤領二郎

GameSetWatch: まずは演奏お疲れさまでした。素晴らしく盛り上がったライブでした。

Takenobu Mitsuyoshi: ありがとうございます!我々、H. はこのEXTRAへの参加は来年と合わせて2回目となるのですが、お客様にも盛り上げてもらり楽しく、ステージ上で演奏する事が出来ました。1曲目のス ペースハリアーですが、残りの2曲はクリックを聞きながらドラマーが叩いていた事に対して、この曲は完全に生演奏のみ、と言う事で曲調も含めてロックな印 象を与えたとは私も思っています。

GSW: 今回は2度目のご出演ということで、普段は作曲に明け暮れていらっしゃるなかでこうしてゲーム音楽ファンの前でライブをするというのは光吉さんにとっても新鮮ですよね?

Mitsuyoshi: そうですね!普段、デスクの前でパソコンを前にして曲や効果音を作っている仕事とは、音楽や音、と言う意味では繋がっていますがまったく別の事をしている 様に思います。だからこそ、お互いの仕事から学べる事もありますし、モチベーションも高められる、と言う相乗効果を持って今に至っています。

GSW: 今回Hip田中さんともお話する機会があったのですが、ご本人曰く、例えば8ビットアイドルマスターを見に来ている大半が男性ファンで全体を見ても女性ファンが少ない現状に不安めいたものを感じるとおっしゃっていました。

Mitsuyoshi: これは田中さん流のジョークだとは思いますが(笑)確かに、ゲームミュージック自体のファンの方々の比率から行くと男性の方が多いと思いますね。ただ、こ れは今に始まった話ではなく、私がSST BANDに参加した当時から比率はそれほど変わっていないように思います。逆に今回出演されたアイドルマスターさんのような女性アーティストの方々が人気 が出るとなると、どうしても男性のファンが増えるのは当然な気がします。一つ言える事は、性別を越えてこうして2000人のお客様がゲームの音楽を聴きに 来てくれる事に素直に感謝をしたいと思います。

mitsuyoshi_idolmaster1.jpg

Performers from the Famison 8-bit Idolm@sters series on stage at the 2008 EXTRA Hyper Game Music Event.


GSW: 去年、そして今年の選曲はどのようにして決めていきましたか?

Mitsuyoshi: 昨年もそうでしたが、このEXTRAのコンセプトは古き良きゲームミュージックの再確認と、今あるべきゲームミュージックを演奏するという進化の共有だと 思います。そういう意味でのこのイベントの「H.」の役割はセガの素晴らしいクラシックゲームミュージックをあえて演奏する事だと思っているので、選曲も 新しいものというよりも来ているお客様が喜んでくれそうな、つまり一度はゲームをしている中で聴き覚えのある曲を演奏する、という事に基づいて選曲をしま した。ただ、昔のまま演奏するのは面白くないので、例えば生ドラムを入れたり改めてアレンジをしてみたりという試みも忘れてはいません。

GSW: もともと歌詞の無い音楽に歌詞を付けるという作業は難しいとは思いますが、今回の曲にはどのように歌詞を付けていきましたか?

Mitsuyoshi: 例えば「YA-DA-YO」の歌詞ですが、これは完全にゲームの中に出て来るボスキャラに対しての嫌悪感をイメージしています。さらに「Let’s Go Away」の歌詞は別の遊び心があって、ゲーム中に話しかけて来るナビゲーターのセリフを繋ぎ合わせて歌詞の様にしています。このように曲によってゲーム のキャラクターをイメージさせたり、全く別のアプローチで作詞をしたりする事もあります。

GSW: いつ頃から今回のイベントの準備を始めましたか?

Mitsuyoshi: 今年のEXTRAの出演依頼を頂いたのが開催の約2ヶ月前でした。が、その時は詳細がまだ決まっておらず、演奏の内容を詰めはじめたのは恐らく開催まで 1ヶ月を切ったあたりだったと思います。ただ、我々は前述しましたように年に2回の定期ライブを行っているということで曲のストックもそれなりにあるの で、準備期間が短期間でも対応出来ました。ただ、今回のような10分を超えるメドレーがあると、新曲が多くなりますし間違える確率も上がるのでちょっと ハードですね。

GSW: 去年のステージと今年のステージでの一番の違いは何でしょうか?

Mitsuyoshi: やはり一番の違いはドラムでしょうね。昨年はカラオケに入ったドラムでしたが、今年は生ドラムでしたのでそこが非常に大きな違いです。今回は、よりバンド色の強いサウンドになっていたと思います。しかも現役中学2年生のドラマーですからね!

演 奏時間も昨年より10分短いので選曲は悩みました。メドレーという意味では昨年はQuartetのメドレーを演奏し、今年はFantazy Zoneのメドレーということで曲が変わりましたがメドレーという形式を継承した形になりますね。あとは、これも演奏時間が短くなった事で削られた要因の 一つですが、バラード系の楽曲を今回は入れられませんでした。

GSW: 今回のイベントで印象に残った演奏はありましたか?

Mitsuyoshi: やはり、トリオ·ザ·DS-10でしょうか。実際のゲーム音源チップを使ってライブをやるというアイデア自体は我々も随分昔から考えていた事ですが、とう とうここへ来て現実のものにした彼らのインパクトは凄かったです。まさにゲームミュージックならではの演出、曲調、アイデアだったと思っています。

GSW: ゲーム音楽の作曲家の中には本名を名乗らずにあだ名での名前表記がよく見られますが、光吉さんにも「R三郎丸」というあだ名があります。このニックネームの由来をお話し頂けますか?

Mitsuyoshi: 私がセガに入社して初めて担当した仕事が「GP-Rider」という対戦型のバイクゲームのあるコースのBGMの作曲でした。その後、当時話題となった 「R360」という、縦、横を自在に回転出来る大型可動筐体をリリースするにあたって、中に入れるゲームを私が配属していた部署が作った「G-LOC」と 言うフライトアクションゲームを乗せようという事になり、その「R360」用の楽曲を改めて私が作る事になりました。

その後SST BANDへの加入が決まった訳ですが、メンバーがそれぞれセガのゲームの名前を付けていたので、ちょうど担当していた「R360」、そして当時長髪だった 為、ちょんまげこそしてはいませんでしたが、昔の武士の様なイメージを掛け合わせて「R三郎丸」というニックネームを自分で付けました。余談ですが、当時 のセガは開発者の名前、顔のすべてを世間に出しては行けないという決まりがありましたので、その縛りが取れるまではこの名前で取材、CDインナーへの名前 のlistedをしていました。

GSW: ご出身は福岡と伺っておりますが、株式会社セガで働くということはいつ頃からお考えでしたか?

Mitsuyoshi: 実は福岡生まれは間違いないのですが、父が営業の仕事をしていた関係で転勤が多く、3歳の時点で千葉県へ家族で引っ越してしまいました。なので、私は福岡 の方言をネイティブのように話す事が出来ません。大学での先攻は経済でしたが、高校、大学と音楽に勤しんで来た関係でどうしても音楽に結びついた仕事をし たいと思っていました。が、クラッシックピアノを高校2年生から習い始めた様な状態でとてもプロのミュージシャンとして生計を立てて行けると思えなかった わけです。そんな中で軽音楽部の後輩から「Galaxy Force」というセガの宇宙モノのゲームの音楽を聴かされ、ゲーム音楽はもはや今まで私が知っていたピコピコサウンドでは無いのだなと驚愕し、そして当 時歌の無いインストミュージックをバンドで演奏していた事もあって当時のゲーム音楽の中に自分のやりたい事があるのではとセガのテープ審査に応募しまし た。それからSST BANDの存在を知り、セガに入ってこのバンドの一員になる事を夢見て入社に臨みました。偶然から始まった私のセガ人生は、その後幸運にも自分の想い描い た通りに流れて行ったと思います。

GSW: 光吉さんは多くのアーケードゲームの大作の制作に携わって来たという意味でその歴史を作ってきたと言っても過言ではないと思いますが、やはり昔からアーケードゲームは好きでしたか?そしてあの「DAYTONA USA」を開発していた頃の様子をお話しください。

Mitsuyoshi: 私よりももっと大先輩がいる中でアーケードゲームの歴史を作って来た、と言われると恥ずかしい気もしますが、その一端を担えていれば何よりだとはおもいま す。ありがとうございます。私のゲームとの関わりの始まりは実はパソコンでした。NECのPC-6001mk2と言うパソコンを高校生の時に手に入れ、ア ドベンチャーゲームをやりまくっていた時に、学校の帰り道に寄った駄菓子屋に「マッピー」「ゼビウス」「パックマン」が置いてあったのをきっかけにアー ケードゲームにハマって行きました。極めつけは「スペースインベーダー」ですね。大学に入ってからはファミコンをやっていましたので、ほぼ、アーケード ゲームでは遊んでいませんでしたね。セガのゲームを知ったのはもっと後で、ゲーム業界に就職する事を決めてからゲームセンターに通う様になりました。

話 は変わって、「DAYTONA USA」を開発していた頃はナムコからリッジレーサーがリリースされた後で、セガとしてあのゲームを絶対に超えなくてはいけないという指令のもと、グラ フィック、ソフト、サウンド、すべてのセクションが最高のものを出し合って一つの作品を作り上げてリッジレーサーを倒そう、とそんなスポーツ根性ドラマみ たいな雰囲気でプロジェクトは進められました。私はその中でサウンドを担当したので、リッジにはない曲には歌を、エンジン音は独特のV8エンジンの音を、 そしてCDと聴きまがう様なハイクオリティなオーディオシステムを目指した結果、お陰様で大人気を博しました。

GSW: シェンムーの開発はいかがでしたか?

Mitsuyoshi: シェンムーは非常に長期間に渡って開発されたプロジェクトでした。当時私は入社10年目でしたが、その半分はシェンムーの為に費やされていました。私のポ ストも今までは作り手でしたが今度はサウンドディレクターという管理をする立場へと代わり、よりゲームの内容を理解した上で指示やサウンドのコンセプトの 路線の誤差を広げないようにサウンドスタッフへ伝えるか、という仕事に明け暮れていました。又、デザイナー、プログラマーとのネゴシエイト、鈴木裕氏との 連携等、内容としてはクリエイターではなくディレクターとしての仕事を主に行っていた記憶があります。ミーティングも数多く行い、その大半に出席していま した。

GSW: シェンムーは今でも多くのユーザーの間でも、人気ゲームとして評価されています。光吉さんにとって一番印象に残っている曲はどの曲ですか?

Mitsuyoshi: やはり、このシェンムーの数々の根幹にある「メインテーマ」に関しては格別の想いがあります。鈴木裕氏にストーリーを聞かされてより、まず音楽を作って欲 しいという指示があり、自分の中で物語を膨らませて一つの楽曲を作りました。それ自身はメインテーマとはなりえませんでしたが、そこから派生した曲こそ今 では海外でオーケストラに演奏される事にもなっている「メインテーマ」であり、数多くのコンペティションの中で幸運にも生き残った私の楽曲であった事は間 違いありません。それと、もう一つは「大陸と海」と言う井内氏の楽曲ですね。シェンムーのもう一つの側面である、戦う意思、を端的に捉えている名曲の一つ だと思います。

GSW: さらに光吉さんの参加されたプロジェクトで忘れてはいけないのが「ストリートファイター トリビュートアルバム」ですが、このプロジェクトについて初めて知ったときはどう思いましたか?また、曲は「リュウ」ステージの曲ですが、この選曲はどのようにして決めましたか?

Mitsuyoshi: このアレンジのお仕事のお話しを頂いた時はまだゲーム業界はメーカーの壁を越えて仕事をするという事があまりメジャーでは無かったように思います。そこへ 細江氏が中心となって多くのサウンドクリエイターが集って一つの作品を作るという事に非常に興味を持てましたし、ストリートファイター自体は私もPC ENGINEで弟と良く遊んだゲームだったので、仕事を引き受ける事は何の抵抗もありませんでした。が、名だたるクリエイターの中でひときわ異彩を放つた めにやはり自分の武器である「歌」そしてどうせやるなら主役級のキャラクターの曲をアレンジしたい、という希望があったのでリュウのテーマをリクエストし た所、幸運にも担当になりました。英語の歌詞にする事は最初から決めていましたが、私が好きだった80年代のアメリカンポップのように早口の英語で畳み掛 ける様な曲にしたかったので、とにかく英語を詰め込んでいます。ただ、一つだけ失敗したのは、この英訳をあるネット上の翻訳サービスをそのまま使ってし まった事でした。なので、英語に関してはかなり直訳を通り越しておかしな事になっていると思います。

GSW: 光吉さんの担当された多くのアルバムの中で今回はほんのわずかしかお話を伺う時間がなくて残念ですが、最後に海外のファンの方々に向けてメッセージをどうぞ。

Mitsuyoshi: 特にここ最近は海外へ行く機会が多く、直にファンの声に触れる機会がありました。そこで感じたのは、自分が作ってきた作品にどれだけの人が感動してくれ て、作品がどれだけの人に愛されているか、というシンプルですが非常にダイレクトなファンの情熱を目の当たりにしてきました。それは言葉や人種、年齢、性 別を超えて伝わるものだと。ゲームという媒体を使ってはいますが、そこには人間が持っている「感動したい」という気持ち、それは普遍的なんですね。私はこ れからも絶やす事なく日本、海外関係なく音楽を作り、それを伝えて行きたいと思います。特にこれからは日本だけでなく海外へも目をもっと向けて行きたいと 思っていますので、そんなファンの為にも良い仕事をしてきたいですし、「DAYTONA USA」に続く、光吉の代名詞になる様な新しい音楽を作って行きたいと思っています。

mitsuyoshi_h1.jpg

H. at the 2008 EXTRA Hyper Game Music Event in Shin-Kiba, Tokyo. From left to right: Mitsuharu Fukuyama, Takenobu Mitsuyoshi, Takehiro Kai, Hiroshi Kawaguchi, Eisei Kudoh, and Hidenori Shoji.

  1. 1 Trackback(s)

  2. Jul 13, 2009: Game Design Current » Blog Archive » Let’s Go Away - Daytona USA

Post a Comment